アグニを整える
消化の大切さ
アーユルヴェーダでは何を食べるかと同様、あるいはそれ以上に食べたものが完全に消化されているかを重視する。なぜなら、不消化物はアーマとなって体に蓄積し、病気の原因となるからである。
必須栄養素、ビタミン、ミネラル……と現代の栄養学が教える食べるべきもののリストはたくさんある。しかし、食べたものが消化吸収されているかは、あまり問題にされることがない。なぜであろうか。それは口から入って最後に便として排泄されたものは消化されているはずだ、という前提でこれまで栄養学が成り立ってきたからである。アーユルヴェーダでいう「消化」とはたんに吸収されたか(腸から体内に入ったか)ということだけではなく、細胞のなかできちんと物質変換がされているかといった、もっと細かいレベルまでの消化の過程を含む。たとえ便秘をしていなくても、たとえ体内に吸収されても、「消化」が完全でなければアーマ(毒素)がたまっていく。その徴候は最初に脈に出るが、ついで次のようなさまざまな体の不調となって現れる。
典型的なアーマの徴候は、
あちこちに皮膚のかゆみ、吹出物、
朝起きたときに、口の中がねばねばしたり、
舌の表面が汚れていたり、
口臭がひどい、
鼻、喉がつまった感じ、
慢性的な疲れと体の重み、だるさ、
じゅうぶんに眠ったのに昼間に眠気を感じる、
味覚や聴覚の鈍麻
不規則な食欲、空腹感を感じない、
便秘、
などである。
食物が完全に消化されていれば、アーマの蓄積は起こらず、ドーシャが乱れても病気の発生にいたることはない。それほど完全な消化は健康にとって重要な意味を持つのである。
実際、不定愁訴の治療や健康増進のために、アーユルヴェーダではドーシャ・バランスの回復とアーマの除去を最優先に行う。
体の中にたまったアーマを除去する方法をアーマ・パーチャナ(Ama-Pachana)という。
強いアグニ
消化が完全であれば毒すら薬になる、とアーユルヴェーダではいわれる。
先日、小学生の男の子を持つ母親から難しい質問を受けた。
その男の子は小さい頃からアトピー性皮膚炎がひどく、一時はステロイドがないと一日も暮らせない状態だったという。肉がダメ、米がダメ、小麦がダメ、魚がダメ、卵がダメ……ということで一時は蛙や蛇の肉もためしたそうだ。今でも知らずに食べてしまうとひどい反応が出て、苦しい思いをする。どこにいっても禁止食品リストがつきまとう生活である。
その子がある晩どうしてもスナック菓子を食べさせてくれといいはって聞かなかった。そのお菓子は今までもひどい目にあったことがあるから、母親は厳しく禁止した。しかし、子供がそのときばかりは聞き入れず、夕食にそれを食べてしまった。
ところが母親の心配をよそにその子の体には何も起こらなかったのである。
母親の質問は、このときどうして反応が起こらなかったのか、ということだった。
彼女は反応が起こらなかったことに何か新しい希望を見いだしたいようであった。私はさまざまな可能性を考えた。もちろん何のデータもないし、検査もしていないから答は出しようもないのであるが、次のようにお答えした。
「たぶん、息子さんはそのときは何かのきっかけでスナック菓子を完全に消化することができたんですよ。だから毒にならなかったのだと思います」
そして消化についてのアーユルヴェーダの考えを説明した。
アトピー性皮膚炎に対するアーユルヴェーダの考えは西洋医学と少し違うところがある。アトピーの原因食物を探すことはもちろん大切であるが、それだけでなく、「毒」さえも消化する強いアグニ(消化力)を築くことが大切と考えるのである。アグニ(消化力)が強ければ老廃物を燃やしきって、毒(アーマ)を残さない。アレルギーの原因である抗原抗体反応はアーマの結果である。
長い間治らなかったアトピーがある年齢になって消えたり、西洋医学でいう「体質改善」がされた後にアトピーがよくなるのは、多くの場合アグニが改善された結果である。
体からアーマが除去できれば、皮膚炎は消え、皮膚の輝きが増し、体が軽やかになり、感覚がより透明になる。味覚がはっきりすれば自分の食べたいものがはっきりする。アーマはドーシャの移動を妨げているから、それがなくなればドーシャはより自由に動き、バランスを整えようとする行動や食事に対しすみやかに反応するであろう。
『アーユルヴェーダの知恵 蘇るインド伝承医学』
高橋和巳 著